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【Challenge to TOKYO 2020 日本陸連強化委員会~東京五輪ゴールド・プラン~】第11回 「MGC」総括と東京五輪に向けて(1)

2019.12.02
2020年東京五輪のマラソン代表選手選考会・マラソングランドチャンピオンシップ(MGC)が9月15日、成功裡に終了した。出場選手は男子30人(欠場1人)、女子10人(欠場2人)の計40人。主催者発表では沿道から52万5000人もの大観衆が声援を送り、一発選考レースに挑んだ選手たちを後押しした。激戦を制して五輪代表に内定したのが、男子は中村匠吾(富士通)と服部勇馬(トヨタ自動車)、女子は前田穂南(天満屋)と鈴木亜由子(日本郵政グループ)。男女ともあと1枠ずつ残されており、ファイナルチャレンジと呼ばれるこの冬の国内マラソン大会(男女各3レース)で代表争いが続く。MGCを創設した日本陸連マラソン強化戦略プロジェクトのメンバーは、「世紀の一大レース」を無事に終えて何を感じたのか。そして、代表が決まって今後どうサポートしていくつもりなのか。MGCから3日後、本誌1月号に掲載したこのシリーズの「第3回」と同じ方々に活発な意見交換をしてもらった。

●構成/月刊陸上競技編集部

●撮影/樋口俊秀


※「月刊陸上競技」にて毎月掲載されています。

 



 
出席者(左から)
坂口泰:男子マラソン・オリンピック強化コーチ
山下佐知子:女子マラソン・オリンピック強化コーチ
河野匡:長距離・マラソンディレクター
瀬古利彦:マラソン強化戦略プロジェクトリーダー

 

この緊張感こそ我々が望んだもの


──まだ残暑が残る9月15日、東京五輪とほぼ同じコースを使って行われたMGCは、本当に盛り上がりました。

瀬古 まずは大成功に終わったと思います。素直に「MGCをやって良かったな」と思いました。テレビを観た方々も、あのレース内容ですから、感動されたのではないでしょうか。やはり東京五輪が間近に迫っているという意識が、あのレースに反映されていますよね。今回、代表入りはできませんでしたけど、男子の設楽君(悠太/ Honda)、女子の一山さん(麻緒/ワコール)がハイペースで入って、オリンピックは出るだけでなく「こう戦うんだ」という気概を示してくれました。

河野 レース2日前に行った記者会見の時から、選手の雰囲気がまったく違っていて、意気込みがほとばしっていました。MGCという新たな仕組みを生み出した者の1人として、手前味噌になりますが、始まった時からこのゴールまで完璧に盛り上がっていくことができた。そういう意味で達成感はありました。我々がやったというより、みんなが乗っかってきてくれましたよね。

瀬古 全員がMGCで一つになった。「これで行こう」という一体感に包まれていましたね。MGCシリーズからずっと。これ、作った時にこうなる予感があったよね。

河野 最後はすごいことになるんじゃないか、という話はしていましたよね。

山下 だんだんと賛同が得られていって、最終的にはいい形になるんじゃないかなと思っていましたね。

瀬古 細部までよく練られていて、だから「河野君は天才だ」と言ったんです(笑)。

坂口 現場の緊張感はものすごかったですよ。

河野 大会前の記者会見には全員参加したわけだけど、あの雰囲気で「圧倒されました」という選手が何人かいた。特別な舞台に立てるという充実感、達成感はすごかったと思います。会見の場のしつらえが良かったこともあるけど、ひな壇に上がった選手を見て、指導者も「ここに出しておいて良かった」と話していました。

坂口 それは、現場の指導者も誇らしいと感じたと思います。

河野 これを作る段階で、オリンピック本番前に、瀬古さんたちが五輪選考会の福岡(国際マラソン)で経験したような、緊張感のあるレースをさせないとダメだと思ったんです。それには一堂に会さないと無理だろう、と。

──そこは、1つの大きな柱でしたね。

河野 一発レースで3人決めるか、2人にするか、形は変わってきましたけど、一堂に介して代表の座を懸けて戦う。そこは作りたかったのです。

山下 振り返った時、むしろ「MGCのほうが緊張しました」というぐらいの緊張感があったのではないでしょうか。そういう気がしました。

坂口 それはそうだと思います。

山下 ウチの上原(美幸、第一生命グループ)も「すごく緊張しました」と言っていましたけど、だからこそMGCを作った意味があって、「そこをくぐり抜けた選手を選びたい」という当初の趣旨に合っていました。

瀬古 そこですね。あの緊張感をくぐり抜けた選手たちにとって、ものすごく大きな財産になると思います。

坂口 「2位以内に入らないといけない」と強く思った選手ほど、プレッシャーは大きかったと思います。27位に終わった井上君(大仁/MHPS)もそうでしょうし、3位の大迫君(傑/ナイキ・オレゴン・プロジェクト)は全員からマークされていました。そこへ持ってきて、設楽君の飛び出しですから。





 

見応え十分だった男子3人のつばぜり合い


河野 レース中の心情はこれから選手個々に聞こうと思っているのですが、男子は「設楽君が行っちゃうんじゃないかな」ということは頭をよぎりましたよね。実際、彼がスタートから行って、大迫君は「2位集団で1番にならないといけない」とまず思ったはず。そんなレースの進め方をしていたら、途中で山本君(憲二/マツダ)が行ったり、神野君(大地/セルソース)が行ったりするたびに即反応していた。一方、代表を決めた中村君(匠吾/富士通)と服部君(勇馬/トヨタ自動車)は「悪くても3位以内」というイメージだったのではないでしょうか。

山下 男子は女子と違って、3位でも代表になれる可能性が高いですからね。

河野 そういう心持ちの違いがあって、大迫君が一番考え過ぎてしまったのかもしれません。考えた分だけの疲労が、勝負の綾となって出たのかな、と。レースが終わった後、そういう感想は持ちました。

──中村選手は優勝を狙っていなかったのでしょうか。

河野 39km地点で仕掛けた時のエネルギーの出し方は、1番になるためのスパートというより、3番にはならない方法を選んだように見えました。今行ったら負けるかもしれないけど、2番で収まるかもしれません、という。残りの3kmで力を全部出し切るという、覚悟が決まった出方でしたよね。

瀬古 大迫君は15kmぐらいから、誰かが行くと反応していた。設楽君に早く追いつきたいという気持ちが、「誰か行ってくれ」という反応になったのかもしれません。結果的に「心のスタミナ」を使ってしまって、余裕がなかったですね。肩が揺れて、普段の走りではなかった。あせりからでしょう。精神状態を表わしていました。

坂口 狙っている選手ほどプレッシャーはかかりますから。

河野 設楽君が行った。追わないと。でも、追う側の先頭には立ちたくない。「これ、どうするの」という感じでしょうか。

山下 私は、大迫君が設楽君に追いつこうと思ってなかったのではないか、と考えるのですが。ただ、1人行ったがために、この集団の中ではトップにならないといけない。だから、誰か行くたびに「この選手にも逃げられたら」と思って、余計なプレッシャーがかかったのではないでしょうか。

河野 「もう誰も逃がさない」という思いはあったろうね。

瀬古 誰かがもっと速いペースで行って、自分はそれについて設楽君に追いつきたい、という気持ちがあったかもしれない。

河野 「何でこんなところで行くの?」と思うような仕掛けをする選手も見受けられたけど、フィニッシュ地点で見ていたら、みんな「失敗した」という顔じゃなかったのです。自分の力のなさを痛感した、というような、現実を突きつけられた感じですかね。井上君は早い段階から、行こうと思っても行き切れない自分に苛立っていましたね。でも、どうすることもできない。

坂口 私は指導者の方々と一緒にテレビを観ていたのですが、誰も何もしゃべらない。異様な雰囲気でした。指導者も、選手と一緒に戦っていました。

瀬古 37kmからのあのつばぜり合い、史上最高のレースでしたね。ラスト2.195kmのタイムが中村君6分18秒、服部君6分22秒、大迫君6分26秒でしょ。あれはすごいですよ。しかも、上り坂ですから。

河野 外苑西通りのいったん下り基調のところで、1回大迫君が中村君に追いついている。あそこで(力を)使い切った感じでしたね。そこで、待っていたように中村君が2回目のスパートをしたから。消耗してしまった大迫君はもう脚が残っていなくて、服部君が来た時には対応できなかった。

──服部選手は「大迫さんが振り向いたので、よしっと思った」と話していました。

瀬古 あれ、本能なんです。自分の脚がいっぱいいっぱいだと、振り向きたくなってしまう。私もそうでした。そうなると、前を追うのをあきらめています。


第11回 「MGC」総括と東京五輪に向けて(2)』に続く…